スナバコ

領主、呪術師を拾う

トトイカの谷を越えてウル=ルシヤ峠までは、比較的なだらかな道が続いている。そこへ壮麗な一行が差し掛かったのは、午後の浅い光に包まれる頃だった。

列は粛々と進んでいく。衣装、荷、そのどれもが華やかだが、今、谷を登り切るそれには敵わない。四人の強力に担がれる御輿は、整然と続く足音を楽とし、赤い幕や装飾具などを躍らせる。その演舞は、主の館まで続くと思われた。

がくんと、御輿が揺れた。中にいた女領主は、吊革をきつく掴み身を縮める。険しい道中、傾くも揺れるも幾度とあったが、今回は何やら空気が妙である。

(何に遭おうたか……)

女領主は、吊革を握りしめながら、垂れ布越しに外を窺った。行列は立ち止まってしまい、従者共も互いに声を掛け合うだけ。女領主はふむと息を吐き、それから背筋を伸ばして息を吸い込んだ。

「何事じゃ」

大音声で外へ呼び掛ける。御輿が揺れ、女領主は眉を寄せた。外では御輿を守る従者の一人が、駆け足で正面につき膝を折っていた。彼は朗々とした声で女領主の問いに答える。曰く、先頭で不埒者と鉢合わせし、立ち往生していると。

「不埒者、とな」

はっきりした声で問い直し、女領主はきゅっと口をすぼめる。細めた眼から、赤茶色がぬらりとした光を放った。

(ここは峠の手前のはず。さすれば、噂の浮浪者か。旅の者を襲う盗賊とも憶われておったな)

女領主は狭く窪んだ床に座り直し、正面の、従者が伏せているだろう辺りを見た。彼は続けて慇懃な言葉で待たせようとしている。女領主は肩を怒らせ、眉間に皺を寄せて声を遮った。

「下がれ。もうよい、御苦労であった」

そう言って、鼻を掻くように手を当て宙を見た。

従者の中には相変わらず、御輿の近くであるのに声をひそめぬ者がいる。その内容は帳に遮られて不明瞭だが、しかし、動揺の程を知るには十分だった。

女領主は、狭い御輿の中ですっと膝を立てた。続けて左方の留め具を外し、ひらり、埃りっぽいの地面へと降り立つ。

従者からどよめきが上がる。

「下がりおれ」

しゃらん、と体中に身に付けた装飾具を鳴らしながら、女領主は素早く従者を抑えた。

夕暮れ前の曖昧な日に照らされる女領主は、無論、従者の男衆より小柄だ。しかし、何枚にも着こんだ煌びやかな衣、凛々しい顔と長の化粧、そして彼女自身の、只ならぬ者の気配で周囲を気圧していた。

鷹揚に歩く女領主は、易々とこの事件の種を見た。黒っぽく丈の長い装束の旅人が一人、道の先で血を流し倒れていた。不埒者は、あの者を襲ったらしい。

(呪術師を襲うとは、まあ、なんと勇気のあることか! それと比べてあしの男衆はそろいもそろって腑抜けよ)

嘆息を隠しながら、女領主は倒れたる呪術師に近づいていく。周囲の従者共は、固唾を飲んで成り行きを窺った。

「何をしておるか」

遠巻きの従者共を一喝し、女領主は裾をたくしあげて呪術師の横に屈んだ。それから、地面へ放りだされた力のない腕をとった。

(ふむ。息もあるな)

確認の済んだ女領主は、衣を谷から吹き上げる風に揺らし、ゆっくりと立ち上がる。そして、未だ距離を置いて囁き合う自分の従者共を凄んだ。

「ただの打ち傷じゃろう。さっさと手当せい」

言うが早いか、己の頭上からはらりと、何重にも巻かれた頭巾を取る。そこから装飾具を掃って首にかけ、御自ら呪術師の止血をしようとした。